民主主義国家では一人一人の力が重要


われわれ一人一人の力は極めて微々たるものである。首相にぜひとも終戦記念日に靖国神社に参拝してもらいたいと思っても、日本の土下座外交をやめさせたいと思っても、天文学的数字になった赤字国債累積総額をなんとかしたいと思っても、都市部における慢性的交通渋滞をなんとかしたいと思っても、一人の力では全くといっていいほど何もできやしない。しかし決して誤解してはならない。一人一人の力が微々たる物であることは、決して何もしなくてもいいという意味ではない。我々がなにかをすることによって、日本は間違いなく良い方向にも動くし、間違った方向にも動くのである。
戦後の日本はあらゆる方面で売国左翼に牛耳られ、この国をことあるごとに貶めてきた。日本をだめにしてきた政治家、マスコミ、教育界の責任は思いが、われわれ一般国民にも責任がある。55年体制下では日本社会党と日本共産党が国会の3分の1の議席を持ち、日本社会に大きな影響力を及ぼしてきた。また朝日新聞は発行部数800万部を誇り、日本の世論形成に大きな影響を及ぼしてきた。考えてみれば、売国政治家などに投票しなければいいわけだし、売国新聞など購読しなければいいのだ。われわれ一般国民も、あるていど反省が必要ではなかろうか。
実際のところ、この10年程度の日本の変化を見ると、世論の力が無視できないほど大きなものであることがわかる。1990年の総選挙で158議席を獲得した日本社会党は、2003年には6議席にまで減少した。朝日新聞も発行部数を徐々に減らしている。現在では自衛隊の海外派遣そのものは問題とならなくなったし、閣僚の発言が「妄言」と言われて辞任に追い込まれることもなくなった。
選挙とは典型的な民主主義政治を行使する手段である。自分ひとりが選挙に行こうが行くまいが、世の中何も変わらないだろう。しかしその一人一人の票が積み重なって、社民党を泡沫化に追い込むことに成功したのである。そのほかにも、世論調査、デモなどの手段があるし、最近ではインターネットによって誰でも自分の意見を不特定や数の人に述べることができるようになった。
インターネットの影響力は決して過大評価はできないが、かといって過小評価もできない。私は2004年9月26日に「日本人台湾独立促進会」のサイトをたちあげた。私に最も大きな影響を与えたのはメールマガジン「台湾の声」である。メールマガジン「台湾の声」の目的とは要するに、日本における台湾支持の世論を少しずつ醸成していくことであろう。私は毎日そのメルマガを見ているうちに、自分も台湾のために何かをしたくてたまらなくなった。その当時、日本には台湾独立を応援する個人サイトがごくわずかしかないことに気づき、自らサイトをたちあげる決心をした。私もまた、一人でも多くの日本人が台湾に関心を持ち、台湾を応援してくれるようになることを目的としている。「日本人台湾独立促進会」のアクセス数はそろそろ3万に達する勢いであるが、当然ながらテレビや新聞と比べればあまりにも微々たるものである。それでも、このサイトによって何らかの啓発を受けた人は少なく見積もって数十人、多く見積もって数百人はいると思う。
こういった地道な活動が重要である。テレビと違い、インターネットの分野では真に日本の国益を考えた正常な言論が数多く展開されている。現在の日本がちょっとずつまともな方向に動きつつあるのも、インターネットにおいて一人一人の活動が積み重なって及ぼした影響は無視できないはずだ。
ところで、おとなりの独裁国家では民主主義が全くといっていいほど存在しない。したがってこの国では世論なるものはほとんど影響力を及ぼすことはなく、一人一人の意見など全く意味をなさない。一見、中国でも最近は世論が政治に影響を及ぼしているように見受けられることもあるが、それはまやかしである。「反日」を例にとって見てみよう。中国が改革解放政策を初めて以来、諸外国との関係、特にお隣の経済大国日本との関係が重要になった。日本との経済、文化交流が深まり、中国国内に徐々に日本製品が流通し、さらに日本製の映画やドラマ、アニメが怒涛のごとく中国の人民を魅了した。日本の質の高い映画やアニメが及ぼした影響は計り知れない。よって80年代の中国人の対日感情は、20世紀中で最も良かったといわれている。
しかし90年代に入ると、反日政策が推進されるようになった。原因はいろいろあるが、江沢民の個人的意思によるところも大きいし、89年の天安門事件や、市場主義経済の浸透によって中国共産党独裁政権が正当性を失い、それに対して人民の反日感情を煽ることによって独裁政権維持の目的に利用したことも大きい。反日教育は中華人民共和国建国当初から確かに行われていたが、90年代に入るとさらに徹底され、テレビでは頻繁に半世紀も前の日本軍の残虐行為が宣伝され、学校では6歳のときから徹底的に反日教育が施された。こうして、現在、中国はその歴史上かつてないほど反日の機運が高まった。
21世紀にはいると、反日政策は状況に応じて「調整」されるようになった。インターネットが普及すると、掲示板は日本を激烈に、下品な言葉で罵る書き込みで溢れるようになった。あまりにも過激な書き込みが多いので、政府は時に反日サイトを閉鎖する措置をとったり、また解禁したりということを繰り返した。2005年、日本の対中外交がそれまでの土下座外交から、やや対等的なものに変化すると、政府は再び人民を煽り、4月には中国各地で過激な反日暴動が頻発した。しかし日本料理店を破壊する、日本車を破壊するなど、あまりにも過激化したため、今度は逆に反日デモを徹底的に押さえ込むようになり、4月の最後の週末は二十数か所の都市で反日デモが予定されていたにもかかわらず、結局それ以降、一件も発生しなくなり、さらに反日サイトは次々と閉鎖させられた。5月の末あたりから再び反日サイトは次々と復活している。
このように中国における反日とは、時には扇動され、時には抑制されるなど、あきらかに政府によって「調整」されたものである。こういったものは世論とはいえないし、ましてや民主主義とはいえない。我々日本人は中国人民の反日感情など全く気にする必要はない。あれは操作、調整されたものであって世論でも何でもないからだ。
中国についての話が長くなってしまったが、わが国は一応民主主義が機能している。日本でもマスコミが世論をミスリードすることはよくあるが、売国マスコミを糾弾する意見も自由に述べることができる。日本は中国と違って民主主義国家であり、言論の自由がある。一人の意見は確かに無力だが、大勢の人々の意見は大きな力となる。我々一人一人が声を上げることによって、首相が終戦記念日に靖国神社に参拝に行くことも、対中土下座外交から脱却することも、憲法を改正して日本が自力で国防能力を持つことも、売国政党や売国マスコミを葬ることも、その他日本が抱えている様々な問題を解決することも可能となるはずである。
しつこいぐらいに言うが、民主主義国家では一人一人の力が重要である。日本を変えるため、良くするため、我々は決してあきらめてはならず、努力しなければならない。

 

 

 


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